戦国時代の近江八幡を歩く ― 大河ドラマ『豊臣兄弟!』の時代背景と歴史スポット―

2026年1月4日から、大河ドラマ『豊臣兄弟!』の放送が始まります。本作は、豊臣秀吉と弟・秀長の生涯を軸に、戦国時代を生きた人々の選択や関係性を描く物語です。ドラマをきっかけに、戦国時代やその舞台となった土地に関心を持つ人も増えていくことでしょう。

滋賀県の中央部、琵琶湖の東岸に位置する近江八幡市も、そうした戦国の記憶を今に伝える町の一つです。現在は「水郷のまち」「近江商人のふるさと」として知られていますが、その礎が築かれたのは、豊臣政権の時代でした。

豊臣秀吉が天下統一へと進む中で、近江は政治・経済の要衝として重要な役割を担いました。その流れの中で、城を中心とした町づくりが行われ、現在の近江八幡の原型となる城下町が形成されます。水路を活かした物流や、計画的に整えられた町割りは、戦国の終盤における新しい都市の姿を示すものでした。

本特集では、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の世界観と史実を手がかりに、近江八幡にゆかりのある人物や歴史、そして今も訪れることのできる史跡を紹介します。ドラマの時代背景を知り、実際にその場所を歩くことで、物語はより身近なものになるはずです。

戦国時代の近江八幡を歩く ― 大河ドラマ『豊臣兄弟!』の時代背景と歴史スポット―

① 豊臣政権と近江八幡の関係を知る

戦国時代終盤、全国統一を進めた豊臣秀吉は、城下町の整備や交通・流通の掌握によって政権基盤を固めていきました。その中で、近江国は地理的・経済的に重要な地域と位置づけられていました。

近江は、京都と東国を結ぶ陸路の要衝であり、琵琶湖水運を通じて各地と結ばれる交通の結節点でした。この地は、秀吉に先立って織田信長が支配し、安土城を築いた場所でもあります。安土城を中心とした政治体制は、後の豊臣政権にも影響を与えました。

信長の死後、政権を掌握した秀吉は、全国各地で城と城下町の再編を進めます。近江でもその流れは例外ではなく、現在の近江八幡市の中心部にあたる地域で、新たな城下町が整備されました。

この地を治めたのが、秀吉の甥・豊臣秀次です。秀次は八幡山に城を築き、その麓に城下町を形成しました。城と町を一体的に整備し、琵琶湖まで続く堀を構築しました。堀を水路として活用した物流の仕組みを整えたことが、後の近江商人につながります。現在も残る八幡堀は、その名残を伝えています。

豊臣政権を支えた弟・秀長の内政手腕も、豊臣政権全体の安定した統治体制を下支えしていました。近江八幡は、戦乱の拠点ではなく、統治と経済活動を支える都市として整えられた場所だったのです。

②【人物編】ドラマとつながる、近江八幡ゆかりの人物

第2代豊臣関白に就任した秀次公
第2代豊臣関白に就任した秀次公

大河ドラマ『豊臣兄弟!』と近江八幡の歴史を結びつける人物として、重要な人物の一人が 豊臣秀次 です。秀次は、豊臣秀吉の甥として政権中枢を担い、近江八幡の城下町を築いた一方で、豊臣政権の転換期に悲劇的な最期を迎えた人物でもあります。

秀次は1585(天正13)年、秀吉が関白に就任したことを受け、その後継者として重用されました。近江国を中心とする領地を与えられ、八幡山に城を築き、その麓に城下町を整備します。これが、現在の近江八幡の始まりとされています。城と町を一体的に計画し、堀を巡らせた構造は、防御だけでなく物流や商業活動を支える実務的な都市設計でした。

琵琶湖水運を活かして各地から物資や商人・職人が集まる「商いのまち」となるような秀次の城下町政策は、後の商人町発展の礎となりました。

一方で、秀次の政治的立場は、豊臣政権内部の緊張とともに次第に不安定なものとなっていきます。1593(文禄2)年、秀吉に実子・秀頼が誕生すると、後継者をめぐる状況は大きく変化しました。政権内での立場が揺らぐ中、1595(文禄4)年、秀次は突如として謀反の疑いをかけられ失脚し、高野山へ追放された後、切腹を命じられます。さらに、関係者や一族にも厳しい処分が下され、豊臣政権史の中でも特に悲惨な事件として知られています。


秀次の死は、豊臣政権が抱えていた不安定さや、権力継承の難しさを象徴する出来事でした。しかし、その一方で、秀次が築いた城下町や都市基盤が否定されることはありませんでした。八幡山城は廃城となったものの、城下町は水運と商業を基盤に存続し、やがて近江商人のまちとして発展していきます。

秀吉・秀長兄弟が築いた政権体制のもとで、地方統治を実際に担い、その成果と限界の両方を背負った人物――それが豊臣秀次でした。近江八幡は、彼の成功と悲劇の両面を今に伝える場所であり、豊臣政権の実像を知るための重要な舞台でもあります。


③【スポット編】戦国の記憶が残る近江八幡の歴史スポット

近江八幡には、戦国時代に形成された町の骨格や景観が現在も残されています。ここでは、城下町の歴史を今に伝える代表的なスポットを紹介します。


① 八幡山城跡

八幡山城は、1585(天正13)年に豊臣秀次が築いた山城です。山頂部には石垣の一部が残り、城下町を見渡す立地から、統治の拠点であったことがうかがえます。

現在、天守などの建物は残っていませんが、山頂部や山腹には石垣の一部が確認でき、城の構造を今に伝えています。また、山頂からは琵琶湖や城下町を一望することができ、かつてこの地が交通・物流の要衝であったことを実感できます。

さらに八幡山には、秀次と深い関わりをもつ寺院 村雲御所瑞龍寺 が建立されています。瑞龍寺は、秀次の菩提を弔うために京都上京区で建された寺院で、昭和36年に、ゆかりの地である八幡山に移されました。


② 八幡堀

八幡堀は、城下町の外縁を巡る水路で、湖上流通機能と戦術的機能を兼ね備えていました。琵琶湖と町を結び物資輸送を支えたこの水路は、近江八幡が商業都市として発展する基盤となりました。

現在は時代劇や映画のロケ地としても利用され、琵琶湖の湖上交通の要所として栄えた歴史を今に伝えています。


③ 城下町の町並み(重要伝統的建造物群保存地区)

八幡堀周辺には、商家や蔵が立ち並ぶ町並みが残っています。町割りの基礎は戦国期に形成されたもので、城下町から商業都市へと発展していく過程を今に伝えています。

この地域では、通りに面して主屋を構え、その奥に蔵や庭を配置する商家の形が多く見られます。こうした町並みは、近江八幡が商業の町として発展してきたことを物語っています。


④ 安土城跡

近江八幡市内に位置する安土城跡は、織田信長が築いた城として知られています。安土城は、豊臣政権に先立つ時代の城郭ですが、その存在は近江八幡の成立を考える上で欠かせません。

信長が安土に築いた城と城下町は、それまでの戦国大名の拠点とは異なる、新しい政治・都市のあり方を示しました。この安土の経験が、のちに秀次による城下町整備へと受け継がれていきます。


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④戦国のまちづくりから、近江商人のまちへ

近江商人の邸宅が立ち並ぶ新町通り
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旧伴家住宅
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旧西川家住宅
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近江八幡は、信長の安土城築城と楽市楽座の導入、秀次の八幡山城築城とその城下町の整備と発展し、やがて商業都市として花開きました。秀次の時代に整えられた町割りや水路は、その後も活用され、都市の骨格として受け継がれていきます。

秀次の失脚後、八幡山城は廃城となりましたが、町は水運と商業を基盤に存続しました。江戸時代には行商に出る商人たちの拠点となり、「近江商人のまち」として知られるようになります。

現在も残る町並みや八幡堀は、戦国期のまちづくりが、その後の発展へとつながっていった歴史を伝えています。

⑤ 歴史と暮らしを楽しむ近江八幡 ― 大河ドラマを通して知るまちの魅力 ―

八幡山山頂に建つ村雲御所瑞龍寺門跡
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ヴォーリズ建築である旧八幡郵便局
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八幡山麓に座す日牟禮八幡宮
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大河ドラマ「豊臣兄弟!」をきっかけに近江八幡を訪れるなら、城下町の構造を意識しながら歩く散策(まち歩き)がおすすめです。八幡山城跡や瑞龍寺、八幡堀を巡ることで、城と町の関係を立体的に理解できます。

町並みを歩き、商家や資料館に立ち寄ることで、戦国から江戸、現代へと続く近江八幡の時間の流れを感じることができるでしょう。さらに安土城跡まで足を延ばせば、豊臣政権へとつながる歴史の流れがより明確になります。

観光ボランティアガイドを利用しよう

近江八幡の歴史や城下町の成り立ちを、より深く知りたい方には、ボランティアガイドの利用がおすすめです。豊臣時代の史跡や町並みを、分かりやすい解説とともに巡ることで、ドラマの世界をより身近に感じることができます。


⑥物語ゆかりの地を実際に歩いてみませんか

大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、豊臣秀吉・秀長兄弟を中心に、戦国時代の転換期を描く物語です。その背景には、統治やまちづくりといった現実の営みがありました。

近江八幡は、豊臣政権のもとで整備された城下町が、その後も商業都市として発展してきた町です。史跡や町並みを歩くことで、ドラマで描かれる時代を、現在の風景の中で実感することができます。

物語の世界と現実の歴史が重なる場所、近江八幡。大河ドラマをきっかけに、この町を歩いてみてはいかがでしょうか。

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