【ヴォーリズ建築 特別ガイドツアー】物語が残る建築へ-近江八幡で見つけたヴォーリズという人。
近江八幡市で開催されていた「ヴォーリズ建築のツアー」。そこで出逢ったのは、建物そのものよりも魅力的な「ヴォーリズさん」と親しまれる素敵な人と、彼をとりまく魅力的な人たちとのつながり、そして建物が引き継いでいる物語でした。
アメリカからやってきた青年、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
建築家で、教師で、実業家で、そして近江八幡を愛した人。
今回は実際のツアーのレポートを通して、彼が残した建築と、その奥に息づく想いをお伝えします。
歴史に詳しくなくても、建築の知識がなくても、ふと立ち止まりたくなる、そんな物語を一緒に感じてもらえればうれしいです。
※当記事(写真含む)は、公益社団法人近江兄弟社様のご協力を得て作成しています。
Index

ヴォーリズ建築をめぐるガイドツアー
歴史を感じる「近江商人」が残した町を歩いていると、不意に現れる洋館の数々。
私は小さい頃から近江八幡で過ごしていたので、そんな洋館に「この洋館、きれい」「絵本の中のおうちみたい」と、そのやわらかでどこか懐かしく、そして不思議とあたたかいという印象を抱いていました。
今回は「ヴォーリズ精神と建築に触れる 特別ガイドツアー 2025(春)」に参加したその様子をレポートします。
ガイドツアーは例年春と秋に開催されているので、この時期に近江八幡市を訪れる方は要チェックですよ!
バンザイなこっちゃ-ヴォーリズさんのこと。
「バンザイなこっちゃ!」
うれしいとき、楽しいとき、感動したとき…。
ヴォーリズさんは、そんな場面でよくこの言葉を口にしていたそうです。
アメリカから日本に渡り、滋賀・近江八幡の地にたどり着いた青年-ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
若い頃は建築家になりたかった彼は、23歳の頃、義和団事件渦中の迫害の体験談を聞いた彼はひどく心を揺さぶられ、「近江八幡へ行ってみないか」という提案に頷き、キリスト教宣教のために近江八幡の商業高校へ英語教師として赴任します。
何事にも一生懸命の彼は、学生の心をつかんで慕われましたが、ある出来事がきっかけとなり教師の職を失ってしまいます。
「これからどうすればいいのだろう」
そのとき、彼が何度も足を運び、思い悩みながら座っていたという椅子に、今回のツアーでは実際に座ることができました。
(アンドリュース記念館にあります)
何を考えていたんだろう。
どうして、それでもこの町に残ろうと思ったんだろう……。
ただの“異国の訪問者”ではなく、「ここに根を下ろし、生きる」と決めたその強さと「自分の使命は、この町でこそ果たせる」という信念に、私は心を動かされました。
建築、教育、医療、そして文化活動。
ヴィーリズさんはその後、数えきれないほど多くの“人のためになること”を実現していきます。
彼は、とてもチャーミングで人懐っこい人だったので、教え子から、宣教師の仲間から、そして近江八幡市民から、「ヴォーリズさんだから」「ヴォーリズさんだったら」とたくさんの寄付や支援をされたそうです。
そんなひとだからこそ、こんなに物語が詰まった建物を、人に愛されるものを作り続けていたのだな、と感じました。
近江八幡を「世界の中心」と語り、この町で暮らすことに誇りを持っていたこと。日本人の心を深く理解しようと努め、やさしさと信念の両方をもって歩んだ人生。
そして何より、後に結ばれた奥様・一柳満喜子さんとの出会いが、彼の物語をいっそう豊かにしています。
一柳満喜子さんは華族の令嬢という格式高い生まれの方。それでも地位にとらわれず、ヴォーリズさんの理想に心から共鳴し、共に歩んだパートナーでした。
この町に、こんな素敵な人生を重ねた人たちがいたんだ…!
ロマンティックで、すてきなご夫婦の姿に胸が熱くなります。
ガイドさんのお話も本当に素敵なので、ツアー中はメモの手が止まりませんでした。
ヴォーリズさんの為人(ひととなり)を知ってから、何気なく歩いていた街並みの景色がもっと色づいて、輝いて見えた気がしました。
ウォーターハウス記念館 風が通り、光がすべる-ヴォーリズ建築に宿る“やさしい工夫”
ツアーの始まりは、大正時代に建てられたウォーターハウス記念館。
一歩、建物の中に入った瞬間に感じたのは、「ここ、やさしい空気が流れてる…」ということでした。
白とブルーグレージュの内装は、穏やかでやさしい光を引き立ててくれます。
暖炉、小さなリビング、アーチを描く石膏の壁…。部屋に入るたびに感嘆がこぼれるほどでした。
建物にはヴォーリズさんの細やかな配慮がたくさん詰まっていて、たとえば玄関のベンチは当時主流だった編み上げ靴の脱ぎ履きがしやすいように設計されているそう。
滑車付きの窓や、5枚のドアでつながる部屋、収納の多さ…。
どれをとっても住む人や訪れる人の動線をよく考えて作られていて、「便利」や「快適」はもちろん、「やさしい」があふれる空間でした。
ガイドさんの「建物は目的ではなく、手段です。誰のために、どんな未来を築くのか-それがヴォーリズさんの設計思想だったんです」という言葉が、今でも忘れられません。
旧八幡郵便局
そのあとに訪れたのが旧八幡郵便局です。
アイボリーの優雅な外観が印象的で、この建物は今は1階にカフェがあり、気軽にヴォーリズ建築に触れられる場所になっています。
2階はかつて電話交換のお仕事の場だったようで窓の多さがとても特徴的でした。
光がたくさん入ってくるその空間は、当時も忙しい人達の疲れを、少し癒してくれていたのかもしれません。
ヴォーリズ記念館
続いて訪れたヴォーリズ記念館では、彼の“最後の舞台”に出会うことができました。
洋風の空間の奥には静かな和室があり、そこはなんとヴォーリズ夫婦が晩年を過ごした部屋。
古いピアノや、思い出の品々がそっと置かれていて、まるで時が止まっているかのようなやさしさが満ちていました。
ヴォーリズ学園(近江兄弟社)
そして最後に訪れたのは、今も生徒たちの声が響く“ヴォーリズ学園”(近江兄弟社)
見学させてもらった体育館では、なんと「今の体育館の原型」をヴォーリズさんが作ったときいてびっくり!
スポーツや文化の場として、彼が考えた空間が今もちゃんと活用されていることに、胸が熱くなりました。
歩いて、見て、触れて、知って。
「建物にこんなに物語があるんだ…!
こんなに心動かされる物語が詰まってるんだ…!」
そう思わせてくれたツアーでした。
ヴォーリズさんは、今もこのまちにいる。
建物をめぐって、感じたこと。
それは、どの建物にも「おもいやりの心」が引き継がれていることでした。
図面だけじゃない。
お洒落さや、立派さだけでもない。
「住む人」「使う人」「学ぶ人」「訪れる人」-すべての“誰か”を思って作られているからこそ、100年近く経った今でも、建物がちゃんと「生きている」んだなぁと感じました。
近江八幡の町を歩いていて、とても不思議だったのは、ヴォーリズ建築だけじゃなく、町の人の雰囲気にもその“やさしさ”があること。
館長さんや、ガイドの方々だけでなく、お店の人、すれ違う人まで、どこかあたたかい。
ヴォーリズさんは、「どこにいても、あなたは世界の中心で、幸せの種をたくさん撒いてください」と語ったそうです。
その言葉のように、近江八幡市には小さな種がたくさん撒かれていて、それが今でも花を咲かせているのかもしれません。
建物を見るということは、過去の偉人を称えることだけじゃなくて、「その人の想いを、未来へつなぐこと」なのかもしれない-。
そう感じた、かけがえのない一日でした。
また、このまちを歩きたくなる理由。
ヴォーリズ建築のことを知らない人にこそ、訪れてほしい。
実際に建物の中に入り、話を聞き、触れてみて……
初めてだからこそ感じられる感動に浸ってほしいと思いました。
「これは物語だ」と感じられる、素敵なツアーに、是非訪れてみてください!
ひとつひとつの建築に、使う人の暮らしが丁寧に想像されていて、家具の位置、光の入り方、靴を脱ぐ動作まで、すべてが“誰かのため”。
どこか遠い昔の話じゃなくて、今の私たちにも通じる「おもいやり」がちゃんと息づいていたことに感動しました。
歴史が息づく町を歩いて、ヴォーリズさんの生き方に触れて、
「やさしさって時を超えるんだなぁ…」とそんな風に思えた時間でした。
誰かのために、というきもちが100年後の誰かを支えるかもしれない。
そんな希望をもらえるまち、近江八幡。
次はあなたの足で、ぜひ歩いてみてください。
※当記事(写真含む)は、公益社団法人近江兄弟社様のご協力を得て作成しています。
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