ヴォーリズ精神は永遠に

 
 

 
右の写真は、ヴォーリズが満喜子夫人、両親と共に眠る恒春園です。ここには彼等だけでなく、近江兄弟社の社員、社友と呼ばれる人たちも一緒に眠っています。ここにヴォーリズが理想とした共同社会の一端を垣間見ることが出来ます。   ヴォーリズは、自分が創業した企業を"兄弟社"と名付け、社員には兄弟のように接していましたが、大正7年の事件はヴォーリズに大きな心の傷を与えました。社員数名が規則を破り、飲酒、喫煙、遊郭通いをしていたことが発覚したのです。ヴォーリズは、これは自分達が自分達の主義主張の生きた手本とならなかったためだと考え、この際全社員が一旦総辞職し、その後、再献身の約束を立て、改めて復帰を望む者は定められた部屋へ来て署名するようにしたのですが、事件を起こした5名の者は帰ってきませんでした。一人は詫びの手紙を残して去り、一人は帰って来ましたが二度目の失敗をし、しばらくよそで働いた後自殺したとの知らせが来ました。ヴォーリズはこの時去った5名に対する悲しみは深かったと『失敗者の自叙伝』に記しています。   恒春園は、現在の厚生年金休暇センター西側の山裾にひっそりと佇んでいます。恒春園の近江兄弟社納骨堂の前に立つと、眼前に大中の干拓地が見えますが、ここは戦前までは琵琶湖の内湖でした。ヴォーリズが神の啓示を受けてやってきた淡海の地を眺めるには絶好の場所で、ヴォーリズと彼の主義主張を支えた兄弟たちにふさわしい終焉の地とも言えます。
恒春園

[恒春園『ヴォーリズ建築事務所作品集』より]


 
 
メレル・ヴォーリズ

[提供:(財)近江兄弟社]

平成10年に発行された「写真集メレル・ヴォーリズ」の中に、エッセイスト阿川佐和子女史が次のように寄稿されています。教会だろうと個人住宅であろうと、ヴォーリズの建築には、慣れ親しんだなつかしい匂いがする。同じ空気が流れている。その空気を肌で感じたとき、私は、ヴォーリズという人間に少しだけ近づいた思いがした。そしてその精神こそ、私たち日本人が長らく忘れかけている大事な宝なのではないかという気がする。
 

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