マッカーサーと近衛文麿元首相との会談実現のために活躍
(天皇を守ったアメリカ人)


昭和58年(1983)10月31日、東京新聞は、「終戦直後に、天皇とマッカーサー元帥の会見のためにヴォーリズが大きな活躍をした」という記事が報じられました。当時の東京新聞には、「米人宣教師、ウィリアム・M・ヴォーリズ師はマッカーサー元帥を訪ね、天皇処遇問題で近衛文麿元首相と会談するように仲介工作の労をとった……」と記述されています。 昭和43年(1968)満喜子夫人は『失敗者の自叙伝』の序文に、亡き夫を偲んで次の一文を載せています。 「大東亜戦争は日本の敗北に終わり、マッカーサー元帥は、天皇を戦犯第一人者と考え、日本に進駐してきました。その時、米来留は、当時政権の裏にあって国を守るため生命をかけ、熱心に奔走された近衛公に、極秘のうちに用いられ、単独マッカーサー元帥横浜のキャンプに、差し向かい、天皇は、この戦争には責任のないこと、天皇ご自身は、自分を神とひとしいとは考えておられないことを証明し、その結果、元帥の信頼を受け、これらを信じてもらい、天皇に対する敬意を、高くするご用を果たしました。この一挙は、戦後わが国の発展に、多大の影響を及ぼしたと申しても過言でないと思います。」 ヴォーリズとマッカーサー、ヴォーリズと昭和天皇について残された公的な文書は数が少なく、ヴォーリズ自身、この件については、日記以外あまり記録として残していません。 しかい、昭和61年(1986)、『中央公論』5月号に「天皇を守ったアメリカ人」と題するルポが掲載されました。ノンフィクション作家の上坂冬子女史が熱心に調べ、書かれたものです。この論文では、ヴォーリズが井川忠夫という近衛文麿元首相の密使の訪問を受けて東京に行き、天皇を戦犯から救うためにマッカーサーと近衛文麿の会見に努力した経緯がよく述べられています。ヴォーリズはマッカーサーの副官、バートレット少佐を通じて使命を果たしたとのことですが、平成6年(1994)のヴォーリズシンポジウムでは、ヴォーリズの手帳とヴォーリズ家の来訪者名簿に残る井川忠夫のサインが映像で紹介されました。 ヴォーリズの努力により、昭和20年(1945)9月27日に昭和天皇とマッカーサーが会見、天皇が戦犯裁判を免れ、日本復興の要としてマッカーサーに位置づけられたことは歴史が示すとおりです。
ヴォーリズ家の来訪者名簿に残る井川忠夫のサイン
[提供:井上百合子]

 

マッカーサーと近衛文麿元首相との会談実現のために活躍

【昭和20年(1945)9月7日】

昨日、9月6日は驚くべき、やり甲斐のある体験に忘れがたい日となった。私に政治的任務を要請するために、井川氏※(長い間外務省、ことに近衛内閣に勤め、クリスチャンにして、ヒロオカアサコ婦人にも目をかけられている)が軽井沢に遣わされたのだ。 この任務は国の再建に(それも建造物の再建のみならず)助力せよというものだった。これほどの栄誉と責任のために、私は、身体に鉄を流し込まれる思いがした。そして井川氏と共に、今朝の列車で出立した。(※ヴォーリズの日誌ではWikawaとなっている。)
 

【昭和20年(1995)9月10日】

神のお導きによって大切な友人たちに出会った素晴らしい日。 ホテルにて、ヤマモトサブロウと共に、ムラタ氏、そして後から来たオウコウチ氏が待っているところに出くわしたのだ。さらに話をしているその場に、バーンズ神父が現れた。彼は赤十字の用事で、横浜に発つところであった。私は彼を車に乗せた。彼は大いに私の助けとなった。 また横浜では、以前には神戸におり、今はマッカーサー元帥の補佐をしている、バートレット青年(young Bartlet)に偶然出会った。私は彼を通じてマッカーサー元帥に考えを伝えていた。そして彼から近衛公にとって重要な情報を得ていたのである。井川氏に会うことを望みながら東京のホテルに戻るときに、D.Rで彼に出会ったのだ。すべてが整っており、我々の思い描く以上になっている。
 

【昭和20年(1945)9月12日】

けさ午前4時から5時の間、「天皇陛下の一言」として与えられる詔勅(Rescript)、あるいは宣言(Declaration)について示唆に富んだ言い回しを思いついた。 マッカーサー元帥は、これを日本国民の間に完全な信頼を回復するために、この上ないものとして受け入れるにちがいない。午前10時、私は予定通りそれを近衛公のもとにお届けした。近衛公は、例の個所をも含めた私の全報告に満足されたようだった。近衛公は、電報で呼び出すことを条件に、私に軽井沢へ帰ってよいとおっしゃった。正午に、YMCAの昼食室で井川氏と落ち合った。我々は(ムラタさんも我々と同行した)、車で横浜へ向かい、バートレット海軍少佐(わが友人、日本に生まれた)に会い、マッカーサー元帥に報告したことを聞き知った。元帥は、近衛公に会うことと、会見に臨む近衛公のために、交通手段と軍の護衛を付けることを同意したことを知った。 さて、これで準備万端整ったように思われる。またしてもそのお導きがすべてを支配するべく、神は目を注いでおられたのだ。 [日本語訳:Linda Stephan、本田誠也]
 

 

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