ヴォーリズと伝道

明治33年(1900)、将来は建築家になるとこを決意して、19歳と11ヵ月のヴォーリズはコロラド大学に入学しました。しかし、明治35年(1902)カナダのトロントで開かれた学生宣教義勇軍の大会に出席し、ここでテイラー女史の講演に感銘を受け、外国伝道への献身を決意しました。そのため進路を変更し、ヴォーリズは明治37年(1904)哲学科で大学を卒業しています。

彼はこのとき神学校を出て宣教をするのではなく、民衆の中で働きながら伝道する道を強く意識したと言われています。

滋賀県県立商業学校の英語教師を辞めた後、ヴォーリズは建築家として、あるいは実業家として活躍しながら伝道活動を続け、着実に成果をあげていきました。

その伝道のユニークさは、琵琶湖の湖上をポンポンポンと音を立てながら快走した伝道船ガリラヤ丸に象徴されます。

またヴォーリズの建築作品の中、キリスト教関係の建築物は当然のことながら非常に多く、滋賀県内はもちろん、東京、大阪、京都、神戸を始めとして全国各地に及んでいます。
 

(写真の説明)
琵琶湖畔の伝道に使われたガリラヤ丸。イエス・キリストが伝道したガリラヤ湖から命名。メンソレータムA・A・ハイド氏からの寄付によるものである。 大正13年(1914)、ヴォーリズはこのガラリヤ丸を積んだ船に両親と吉田悦蔵の4人と同乗し、アメリカから帰国した。船の上に立つ棒はエンジンが故障をしたとき帆船として難をしのぐためのマストであったという。



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