中山道「武佐宿」
中山道武佐宿 中山道は古代東山道を継ぐ道筋で江戸時代には五街道の一つに数えられていました。近江路には柏原から草津までの9つの宿場があり近江八幡市には武佐宿があります。

 この地は、武佐宿を起点に伊勢に向かう八風街道(八日市・永源寺を通り八風峠を越え伊勢へとつながる街道で海産物、紙、布等の物資が行き交ったとされています。現在の国道421号線がほぼ踏襲)や八幡町内へ分岐する交通の要で長さは約1kmに及びます。

 江戸時代に入って宿次・伝馬の法が一新され、武佐宿駅は大駅となり、宿村大概帳によれば、宿高八百九十余石、町並八町二十四間、本陣一、脇本陣一、問屋二、高札二、旅籠二十三、人足五十人、馬五十頭(最も賑わったときは百五十頭)、家数百八十三、人口五百三十七人と記されています。江戸時代の最も盛んな頃は三千人余の人の往来があり、近江商人もさかんに行き来したと思われます。その当時の風景は、安藤広重によって木曽街道六十九次にも描かれています。

 また、かつては武佐升(近江升とも言われる八合升。秀吉が京升を採用したため薄れた。)や武佐墨(平安時代後期には紀伊国の藤代墨と並び名産だった)などの特産もあったと伝えられています。

※中山道はかつて中仙道とも記されましたが、幕府は正徳6年(1716年)に中山道と改めました。
*近江中山道絵巻はこちら(近江歴史回廊推進協議会)まで
武佐宿イラストマップ

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